第96回 Hip Joint コラム

「変形性股関節症の保存療法」
忽那 龍雄
公益財団法人日本股関節研究振興財団 相談役
 変形性股関節症(本症と略)は、股関節を構成している2つの骨、大腿骨の頭の部分と骨盤の骨である寛骨の外側面にあるお椀状のくぼみの部分(寛骨臼)が変形して関節の働きが悪くなり、痛みや歩行、起居動作などの能力障害を引き起こす進行性の疾患であり、病期を前期、初期、進行期、末期に分類します。原因としては、我国では臼の土手の部分の形成不全を素地にして発症するものが数多く見られます。この様な本症を根治することはできませんが、骨切り術、人工股関節など手術療法の効果は高く評価されています。一方、手術を行わない保存療法は効果が不明確であり、いまだに確立されていません。そこで、本症の保存療法について自験例の治療成績に基づき意見を述べます。
 1981年から1997年までの期間に本症455名(15才~87才)に対して①痛みを取り除く、②病気の進行を抑える、③関節機能を再建して能力障害を回復させる目的で、表の如く保存療法に手術療法を組み合わせながら治療を行いました(表)。 保存療法の内容は①股関節の負担を軽くするために、椅子やベットを使用する生活様式、肥満者にはBMIを指標に体重調整、歩行時間の制限などの生活指導から始めます。次いで個別的に、②二次的炎症や不安定性による痛みには抗炎症鎮痛剤の内服、③股関節の運動制限で屈曲拘縮には腹臥位によるストレッチ、下肢筋力増強には肢(アシ)上げや股(マタ)開きの運動療法、さらには④杖・ヒールクッション・ヒップサポータ(股関節外科学第一人者の故・伊丹康人先生は3種の神器であると高く評価)を組み合わせます。この様な保存療法を継続しながら人工股関節置換を行った進行期、末期の80名について術前の保存療法の効果を調べますと、約4割には夜間痛の消失などの疼痛緩和、及び平均3年間の関節再建手術を待機、なかには最長9年間も待機できた末期例もみられました。保存療法には疼痛緩和と進行遅延の効果、さらには終局的治療である関節再建手術を待機できる効果もみられました。
 我国の「本症診療ガイドライン改訂2016」では、保存療法7種類の効果を検証し推奨の強さ(Grade A強く推奨~D推奨しない)を定めていますが、患者教育はGrade A、運動療法、物理療法、歩行補助具、薬物療法はGrade B、関節内注入はGrade C、サプリメント(グルコサミン、コンドロイチン)は効果に一定の見解が得られていない、と解説しています(三谷茂他:日整会誌92巻2018年)。
 保存療法は本症治療上の土台、即ち基礎療法として第一に選択すべき重要な療法であり、痛みが取れたとしても関節負担軽減などの療法は継続すべきです。



Hip Joint コラム履歴

第109回 「お笑い芸人の変形性股関節症の話題:その後」

第108回 「人生100年時代を生きる! 運動器とロコモ予防の大切さ」

第107回 「ロボットとAIが変える股関節治療の未来」

第106回 「日本とフランスにおける股関節外科の交流」

第105回 「はて、体操とは?」

第104回 「使って残そう運動神経」

第103回 健康日本21(第3次)における運動器対策:
「ロコモテイブシンドロームの減少」と「骨粗鬆症検診率の向上」

第102回 「股関節周囲筋の加齢変化と、根拠に基づいた運動療法」

第101回 「原因の分からない股関節痛、急速破壊型股関節症の始まりかもしれません」

第100回 「新・繁文縟礼(はんぶんじょくれい)時代」

第99回 「当財団の股関節海外研修助成について」

第98回 「いつの日か花開く研究」

第97回 「人工股関節置換術に想う」

第96回 「変形性股関節症の保存療法」

第95回 「大腿骨近位部骨折のリスクを下げるために出来ること」

第94回 「手外科医として,整形外科研究者として股関節外科から学ぶ」

第93回 「人工股関節置換術の進歩と課題:第96回日本整形外科学会学術総会から」

第92回 「股関節を丈夫にして健康寿命を延ばしましょう!」

第91回 「骨粗鬆症患者の骨折の危険性について」

第90回 「手外科医からみた股関節外科」

第89回 「エコー診断・治療のすすめ」

第88回 「人工関節材料の開発における日本の貢献」

第87回 「赤ちゃんの股関節大丈夫ですか?」

第86回 「人工股関節 『脱臼には注意しましょう。』」

第85回 「ロボットリハビリテーション 股関節疾患への応用」

第84回 「お笑い番組での人工股関節の話題」

第83回 「人工股関節の寿命を長期化する取り組み」

第82回 「人工関節インプラントの国産化の必要性」

第81回 「手術はレントゲン写真ではなくその人を!」

第80回 「骨粗鬆症治療中に注意が必要な骨折−大腿骨非定型骨折−」

第79回 「非対面型コミュニケーションの課題」

第78回 「我が国に寛骨臼形成不全が多いのは、何故?」

第77回 「超高齢社会における股関節疾患の未来」

第76回 「コロナ禍の整形外科」

第75回 「2022年新年の思い」

第74回 「人はなぜやせられないのか?」

第73回 「脆弱性骨盤骨骨折に思う」

第72回 「骨粗鬆症による大腿骨近位部骨折の予防と治療」

第71回 股関節疾患に関する基礎研究

第70回 「日本人工関節登録制度をご存知ですか?」

第69回 子どもや孫が「家族歴」が理由で
股関節健診にひっかかった!!時に読む記事

第68回 「姿勢と呼吸」

第67回 筋肉が衰えればすべてが衰える

第66回 人工股関節全置換術術後でも足の爪が
自分で切られない患者様に対する自助具を開発しました!

第65回 人工股関節は生身の股関節より性能が良い!

第64回 2021年新年の展望

第63回 股関節と尿失禁(尿漏れ)の意外な関係

第62回 大切な「何か」

第61回 大腿骨近位部骨折と骨折リエゾンサービス

第60回 私の股関節と剣道 第2報 2週間の入院経験

第59回 コロナパンデミックとスペイン風邪

第58回 「ヒップの摩耗の問題:本当にあった話です」

第57回 赤ちゃんの股関節を守るため、生まれてすぐからの予防を!

第56回 コロナ、ステイホームで思うこと

第55回 高齢者の骨粗鬆症と大腿骨頸部骨折

第54回 変形性股関節症に対する温泉療法について

第53回 国内におけるカダバートレーニングの現状

第52回 2020年(令和2年)新春明けましておめでとうございます。

第51回 「ヒップペイン」

第50回 人工股関節の術後合併症

第49回 『きょうよう』・『きょういく』と股関節

第48回 股関節の痛みとロコモティブシンドローム

第47回 股関節の神秘

第46回 生き方が役に出る

第45回 変形性股関節症に対する骨切り術とテクノロジー

第44回 変形性股関節症「寛骨臼(臼蓋)形成不全に起因する

第43回 3Dプリンターの医療機器への応用

第42回 中間管理職から見た股関節手術を取り巻く教育の現状

第41回 Wolffの法則

第40回 医者と弁護士

第39回 骨の銀行があることを知っていますか?

第38回 悠々閑々外来の妙

第37回 股関節手術でAIは整形外科医を超えられるか?

第36回 ステロイド治療に伴う大腿骨頭壊死の発生予防を目指して

第35回 股関節手術と今後の健康維持

第34回 財団30周年に寄せて

第33回 大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)は早く治療を!

第32回 腰痛は人間の宿命です-腰椎・骨盤・股関節の連携-

第31回 股関節の手術と健康寿命

第30回 弘法は筆を選ばず?

第29回 大腿骨近位部骨折が増加しています-50歳を超えたら骨折予防-

第28回 呼吸を整え体を動かそう

第27回 人工関節の寿命は予測できるの?

第26回 人工関節手術後の早期社会復帰と保険医療制度の疲弊

第25回 赤ちゃんの股関節脱臼に思う

第24回 新しい高齢者像を求めて、メディカルフィットネス 医学体操の活動

第23回 指定難病の特発性大腿骨頭壊死症をご存知ですか?

第22回 人工関節置換術の適齢期は?

第21回 あなたはサルコペニアですか?

第20回 赤ちゃんの股関節脱臼に注意しましょう

第19回 股関節手術の思い

第18回 いつまでも健やかに

第17回 「セメントレス人工股関節」

第16回 「骨切り術も再生医療です!!」

第15回 「骨粗鬆症の激増と過激な減量、ビタミン・ミネラル不足」

第14回 「大腿骨頭はどうして球形なの?」

第13回 「人生いろいろ、手術もいろいろ」

第12回 「股関節疾患の過去、現在、未来」

第11回 「国産医療機器メーカーとして」

第10回 「「股関節」という言葉で思いついたつれづれなること」

第9回 「股関節のインプラント治療」

第8回 「患者会としての30年」

第7回 「私の股関節と剣道」

第6回 「股関節唇損傷自己体験記」

第5回 「人工股関節全置換術より高い満足度を求めて」

第4回 「人工股関節置換術と関節温存手術」

第3回 「乳児股関節脱臼―歴史は繰り返す―」

第2回 「股関節疾患今昔」

第1回 「肝心要は股関節から」


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