第73回 Hip Joint コラム

「脆弱性骨盤骨骨折に思う」
帖佐 悦男
宮崎大学医学部 整形外科 教授
 脆弱性骨盤骨骨折(fragility fractures of the pelvis;FFP)は、骨粗鬆症による骨強度(骨密度・骨質)の低下が原因となり、軽微な外力(立位からの転倒、またはそれ以下の外力(歩行など)で生じる骨盤の骨折で、本邦でも超高齢社会を背景に増加傾向にあります。超高齢社会だけでなく、交通機関の発達など便利になった社会や恵まれた医療体制を含め、私たちの日常生活の変化が運動量の減少や転倒リスクの増大に大きくかかわっているような気がしてなりません。本疾患は、症状が軽度なことや(整形外科医の中でも)あまり認知されていないこともあり、見逃されやすい骨折です。転倒などでケガをしていないにもかかわらず生じることも少なくなく、最初は腰痛、殿部痛、坐骨神経痛や大腿骨近位部骨折と間違われることがあります。診断は単純X線検査で行いますが、最初はX線検査では骨折が判明せずCTやMRIではじめてわかる不顕性骨折という状態の場合があります。痛みが続く場合は、不顕性骨折である場合がありますので、整形外科を受診してください。骨盤は中に内臓や血管を含んでいますので、骨折により血管損傷を伴う場合、命にかかわることがあります。従いまして、骨折により明らかな不安定性を認める場合は全身状態を考慮の上、手術的治療を選択するのが一般的です。骨折の転位(ズレ)をほとんど認めない場合は、保存療法を選択する場合がありますが、ベッド上の安静期間が長期になることによるせん妄、肺炎、尿路感染や褥瘡(床ずれ)が生じることがあります。従って、早期離床ならびに骨折部を安定化させるために手術を選択する場合もあります。最近では、骨形成を促す薬剤の使用が可能になり福音をもたらしています。
 ではなぜ脆弱性骨盤骨骨折が増えているのでしょうか。それは最も重要な要因である骨粗鬆症が増加しているからだと考えられます。骨粗鬆症の原因は、加齢や閉経が原因の原発性骨粗鬆症と病気(関節リウマチ、糖尿病、腎疾患、動脈硬化など)や薬(ステロイド薬など)が原因となる続発性骨粗鬆症があります。超高齢社会になり平均寿命が延びていることや病気に罹患していても長生きしている方が多いことなどが関係していると考えられます。また生活習慣として、カルシウムやビタミンD摂取不足、運動不足や無理なダイエット、喫煙や過度な飲酒が影響していると思われます。今後ますます超高齢社会はすすむため本脆弱性骨盤骨骨折も増加の一途をたどると考えられます。そのため、是非規則正しい生活習慣や定期的な骨密度(骨の量)測定を含めたロコモティブシンドローム検診をすることで、「健やかに老いる」を目指しましょう。

Hip Joint コラム履歴

第109回 「お笑い芸人の変形性股関節症の話題:その後」

第108回 「人生100年時代を生きる! 運動器とロコモ予防の大切さ」

第107回 「ロボットとAIが変える股関節治療の未来」

第106回 「日本とフランスにおける股関節外科の交流」

第105回 「はて、体操とは?」

第104回 「使って残そう運動神経」

第103回 健康日本21(第3次)における運動器対策:
「ロコモテイブシンドロームの減少」と「骨粗鬆症検診率の向上」

第102回 「股関節周囲筋の加齢変化と、根拠に基づいた運動療法」

第101回 「原因の分からない股関節痛、急速破壊型股関節症の始まりかもしれません」

第100回 「新・繁文縟礼(はんぶんじょくれい)時代」

第99回 「当財団の股関節海外研修助成について」

第98回 「いつの日か花開く研究」

第97回 「人工股関節置換術に想う」

第96回 「変形性股関節症の保存療法」

第95回 「大腿骨近位部骨折のリスクを下げるために出来ること」

第94回 「手外科医として,整形外科研究者として股関節外科から学ぶ」

第93回 「人工股関節置換術の進歩と課題:第96回日本整形外科学会学術総会から」

第92回 「股関節を丈夫にして健康寿命を延ばしましょう!」

第91回 「骨粗鬆症患者の骨折の危険性について」

第90回 「手外科医からみた股関節外科」

第89回 「エコー診断・治療のすすめ」

第88回 「人工関節材料の開発における日本の貢献」

第87回 「赤ちゃんの股関節大丈夫ですか?」

第86回 「人工股関節 『脱臼には注意しましょう。』」

第85回 「ロボットリハビリテーション 股関節疾患への応用」

第84回 「お笑い番組での人工股関節の話題」

第83回 「人工股関節の寿命を長期化する取り組み」

第82回 「人工関節インプラントの国産化の必要性」

第81回 「手術はレントゲン写真ではなくその人を!」

第80回 「骨粗鬆症治療中に注意が必要な骨折−大腿骨非定型骨折−」

第79回 「非対面型コミュニケーションの課題」

第78回 「我が国に寛骨臼形成不全が多いのは、何故?」

第77回 「超高齢社会における股関節疾患の未来」

第76回 「コロナ禍の整形外科」

第75回 「2022年新年の思い」

第74回 「人はなぜやせられないのか?」

第73回 「脆弱性骨盤骨骨折に思う」

第72回 「骨粗鬆症による大腿骨近位部骨折の予防と治療」

第71回 股関節疾患に関する基礎研究

第70回 「日本人工関節登録制度をご存知ですか?」

第69回 子どもや孫が「家族歴」が理由で
股関節健診にひっかかった!!時に読む記事

第68回 「姿勢と呼吸」

第67回 筋肉が衰えればすべてが衰える

第66回 人工股関節全置換術術後でも足の爪が
自分で切られない患者様に対する自助具を開発しました!

第65回 人工股関節は生身の股関節より性能が良い!

第64回 2021年新年の展望

第63回 股関節と尿失禁(尿漏れ)の意外な関係

第62回 大切な「何か」

第61回 大腿骨近位部骨折と骨折リエゾンサービス

第60回 私の股関節と剣道 第2報 2週間の入院経験

第59回 コロナパンデミックとスペイン風邪

第58回 「ヒップの摩耗の問題:本当にあった話です」

第57回 赤ちゃんの股関節を守るため、生まれてすぐからの予防を!

第56回 コロナ、ステイホームで思うこと

第55回 高齢者の骨粗鬆症と大腿骨頸部骨折

第54回 変形性股関節症に対する温泉療法について

第53回 国内におけるカダバートレーニングの現状

第52回 2020年(令和2年)新春明けましておめでとうございます。

第51回 「ヒップペイン」

第50回 人工股関節の術後合併症

第49回 『きょうよう』・『きょういく』と股関節

第48回 股関節の痛みとロコモティブシンドローム

第47回 股関節の神秘

第46回 生き方が役に出る

第45回 変形性股関節症に対する骨切り術とテクノロジー

第44回 変形性股関節症「寛骨臼(臼蓋)形成不全に起因する

第43回 3Dプリンターの医療機器への応用

第42回 中間管理職から見た股関節手術を取り巻く教育の現状

第41回 Wolffの法則

第40回 医者と弁護士

第39回 骨の銀行があることを知っていますか?

第38回 悠々閑々外来の妙

第37回 股関節手術でAIは整形外科医を超えられるか?

第36回 ステロイド治療に伴う大腿骨頭壊死の発生予防を目指して

第35回 股関節手術と今後の健康維持

第34回 財団30周年に寄せて

第33回 大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)は早く治療を!

第32回 腰痛は人間の宿命です-腰椎・骨盤・股関節の連携-

第31回 股関節の手術と健康寿命

第30回 弘法は筆を選ばず?

第29回 大腿骨近位部骨折が増加しています-50歳を超えたら骨折予防-

第28回 呼吸を整え体を動かそう

第27回 人工関節の寿命は予測できるの?

第26回 人工関節手術後の早期社会復帰と保険医療制度の疲弊

第25回 赤ちゃんの股関節脱臼に思う

第24回 新しい高齢者像を求めて、メディカルフィットネス 医学体操の活動

第23回 指定難病の特発性大腿骨頭壊死症をご存知ですか?

第22回 人工関節置換術の適齢期は?

第21回 あなたはサルコペニアですか?

第20回 赤ちゃんの股関節脱臼に注意しましょう

第19回 股関節手術の思い

第18回 いつまでも健やかに

第17回 「セメントレス人工股関節」

第16回 「骨切り術も再生医療です!!」

第15回 「骨粗鬆症の激増と過激な減量、ビタミン・ミネラル不足」

第14回 「大腿骨頭はどうして球形なの?」

第13回 「人生いろいろ、手術もいろいろ」

第12回 「股関節疾患の過去、現在、未来」

第11回 「国産医療機器メーカーとして」

第10回 「「股関節」という言葉で思いついたつれづれなること」

第9回 「股関節のインプラント治療」

第8回 「患者会としての30年」

第7回 「私の股関節と剣道」

第6回 「股関節唇損傷自己体験記」

第5回 「人工股関節全置換術より高い満足度を求めて」

第4回 「人工股関節置換術と関節温存手術」

第3回 「乳児股関節脱臼―歴史は繰り返す―」

第2回 「股関節疾患今昔」

第1回 「肝心要は股関節から」


新・股関節がよくわかる本Web版
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