第104回 Hip Joint コラム

「使って残そう運動神経」
渡邊 航平
中京大学スポーツ科学部 教授
 関節置換手術をされた方が、身体活動量を回復させることにより筋力などの運動機能を改善するケースは多く見られます。この機能改善は筋肉の量が増えることによって主に説明することができると考えられます。一方、我々の筋肉は、それのみでは力を発揮することはできず、必ずそれを支配する「運動神経」の指令によって力を発揮することができます。
 運動神経と聞くと「運動神経が良い、悪い」といった抽象的な表現を思い浮かべる方が多いと思いますが、私たちの身体の中には運動神経が実際に存在し、筋肉を動かすためには不可欠な存在となっています。この「運動神経の働き」は、加齢にともなって変化します。また、「運動神経の数」も加齢にともなって減少することが知られています。「筋肉の量」や「運動神経の働き」は、筋力トレーニングなどの運動によって、年齢に関係なく、元の状態に戻せることが分かっていますが、「運動神経の数」は一度減ってしまうと、元に戻すことは難しいとされています。特に50歳以降は「運動神経の数」が減少することが知られており、運動不足はそれを加速させることが推測されます。一方、マスターズランナーのようなしっかりとした運動を継続しているシニアの方では、若い人たちと運動神経の数が変わらないことも報告されています。このことは、運動習慣をできるだけ早く獲得することの重要性を示し、置換手術前などの運動不足に陥る期間はできるだけ短い方が良いことも示唆しています。
 では、どういった運動が必要か?それは「きつい運動」です。筋肉を構成する筋線維には、弱い力しか出せないけど疲れにくい「遅筋線維」と強い力を出せるけども疲れやすい「速筋線維」が存在します。運動神経にも「遅筋線維」と「速筋線維」を支配するものに分かれています。加齢にともなって減ってしまうのは、「速筋線維」とそれを支配する運動神経です。理由は簡単で、日常生活で使わないからです。通常の日常生活では経験しない「きつい運動」をすることは、これら筋線維と運動神経を維持する直接的な方法だと言えます。できれば、筋トレ、そうでなくても、例えば、階段昇降や買い物の荷物運びでも良いです。これらを避けずに、積極的にやってください。いつか自分に返ってきます。


 筋肉を構成する筋線維には、弱い力しか出せないけど疲れにくい「遅筋線維」と強い力を出せるけども疲れやすい「速筋線維」が存在します。その間の特徴を持つ筋線維もあり、それらが目的に合わせて使われます。例えば、脚の筋肉において、歩いている時には遅筋線維が使われ、全力でダッシュする時には速筋線維が使われると考えられます。加齢にともなって筋肉の量が減っていくことは御存じかと思いますが、主に「速筋線維」が細くなっていくことが原因と言われています。理由は簡単で、日常生活で使わないからです。また、筋線維と運動神経はペアを組んでおり、「遅筋線維」と「速筋線維」を支配する運動神経は別々です。日常生活で使わないものが無くなっていく、と考えると、「速筋線維」を支配する運動神経が加齢にともなって、減っていくことは容易に想像できます。
 シニア世代の方々が実感する筋力や運動能力の衰えは、筋肉が減っていくことが主な原因と考えられてきました。もちろん、筋肉の量は、その人が出せる力を大きく左右します。ただし、加齢にともなう筋力の低下は、筋肉量の減少に比べて、4~5倍の速さで進むことが知られています。つまり、見た目でわかる筋肉の変化よりも、もっと大きく筋力や運動能力は衰えてしまっているわけです。では、何がシニア世代の筋力や運動能力を大きく低下させているのでしょうか?
 筋肉は、そのもの自体が自ら動くことはできません。脳から発せられた信号が、脊髄から伸びる運動神経を伝って筋肉に到達することで、筋肉は動くことができます。運動神経と聞くと「運動神経が良い、悪い」といった抽象的な表現を思い浮かべる方が多いと思いますが、私たちの身体の中には運動神経が実際に存在し、筋肉を動かすためには不可欠な存在となっています。この運動神経の働きは、加齢にともなって変化します。1つの筋肉は数百本の運動神経(腕や脚などの大きな筋肉)に支配されていますが、運動神経の数が50歳以降、1年に約2%ずつ減少していくと言われています。この「運動神経」が先ほどの問いの答えであり、超高齢社会を迎えた我が国を救う1つのカギになると筆者は信じています。
 筋肉や筋力はシニア世代の方々であっても、適切な運動トレーニングを実施すれば、改善できることが知られています。近年、私たちの研究室では、筋力トレーニングを実施することで、シニア世代が持つ特有の「運動神経の"働き"」のパターンを、若者と同じようなパターンに戻せることを明らかにしました。一方で、消失した運動神経を再び取り戻すことは難しいため、いくら運動を行っても「運動神経の"数"」を増やすことはできません。
 カナダの研究グループが2010年に発表した研究では、高齢者(平均67歳)における運動神経の数は若齢者(平均27歳)に比べて40%も少なかったが、マスターズ競技者(平均64歳)の運動神経の数は若齢者と同等であった、と報告しています。加齢にともなう運動神経の数の減少は、普段の生活では使うことが無くなった運動神経がその役目を終えて消失することが原因であると考えられています。特に強い力を出すときに使われる運動神経が消失しやすいとされています。マスターズ競技者では、日々の鍛錬の中で、強い力を発揮する時に使われる運動神経(同世代のシニアの方々が使わない運動神経)を使っているため、運動神経の数が維持できていると考えられています。先ほども触れた通り、運動神経の数を増やすことは難しいため、シニアになる前、いわゆるプレシニア、の時期から運動習慣をつけ、少し「えらい」運動を実施することが「運動神経の数を残す」ことに繋がり、その後の筋力や運動機能を維持するのに役立つでしょう。

Hip Joint コラム履歴

第105回 「はて、体操とは?」

第104回 「使って残そう運動神経」

第103回 健康日本21(第3次)における運動器対策:
「ロコモテイブシンドロームの減少」と「骨粗鬆症検診率の向上」

第102回 「股関節周囲筋の加齢変化と、根拠に基づいた運動療法」

第101回 「原因の分からない股関節痛、急速破壊型股関節症の始まりかもしれません」

第100回 「新・繁文縟礼(はんぶんじょくれい)時代」

第99回 「当財団の股関節海外研修助成について」

第98回 「いつの日か花開く研究」

第97回 「人工股関節置換術に想う」

第96回 「変形性股関節症の保存療法」

第95回 「大腿骨近位部骨折のリスクを下げるために出来ること」

第94回 「手外科医として,整形外科研究者として股関節外科から学ぶ」

第93回 「人工股関節置換術の進歩と課題:第96回日本整形外科学会学術総会から」

第92回 「股関節を丈夫にして健康寿命を延ばしましょう!」

第91回 「骨粗鬆症患者の骨折の危険性について」

第90回 「手外科医からみた股関節外科」

第89回 「エコー診断・治療のすすめ」

第88回 「人工関節材料の開発における日本の貢献」

第87回 「赤ちゃんの股関節大丈夫ですか?」

第86回 「人工股関節 『脱臼には注意しましょう。』」

第85回 「ロボットリハビリテーション 股関節疾患への応用」

第84回 「お笑い番組での人工股関節の話題」

第83回 「人工股関節の寿命を長期化する取り組み」

第82回 「人工関節インプラントの国産化の必要性」

第81回 「手術はレントゲン写真ではなくその人を!」

第80回 「骨粗鬆症治療中に注意が必要な骨折−大腿骨非定型骨折−」

第79回 「非対面型コミュニケーションの課題」

第78回 「我が国に寛骨臼形成不全が多いのは、何故?」

第77回 「超高齢社会における股関節疾患の未来」

第76回 「コロナ禍の整形外科」

第75回 「2022年新年の思い」

第74回 「人はなぜやせられないのか?」

第73回 「脆弱性骨盤骨骨折に思う」

第72回 「骨粗鬆症による大腿骨近位部骨折の予防と治療」

第71回 股関節疾患に関する基礎研究

第70回 「日本人工関節登録制度をご存知ですか?」

第69回 子どもや孫が「家族歴」が理由で
股関節健診にひっかかった!!時に読む記事

第68回 「姿勢と呼吸」

第67回 筋肉が衰えればすべてが衰える

第66回 人工股関節全置換術術後でも足の爪が
自分で切られない患者様に対する自助具を開発しました!

第65回 人工股関節は生身の股関節より性能が良い!

第64回 2021年新年の展望

第63回 股関節と尿失禁(尿漏れ)の意外な関係

第62回 大切な「何か」

第61回 大腿骨近位部骨折と骨折リエゾンサービス

第60回 私の股関節と剣道 第2報 2週間の入院経験

第59回 コロナパンデミックとスペイン風邪

第58回 「ヒップの摩耗の問題:本当にあった話です」

第57回 赤ちゃんの股関節を守るため、生まれてすぐからの予防を!

第56回 コロナ、ステイホームで思うこと

第55回 高齢者の骨粗鬆症と大腿骨頸部骨折

第54回 変形性股関節症に対する温泉療法について

第53回 国内におけるカダバートレーニングの現状

第52回 2020年(令和2年)新春明けましておめでとうございます。

第51回 「ヒップペイン」

第50回 人工股関節の術後合併症

第49回 『きょうよう』・『きょういく』と股関節

第48回 股関節の痛みとロコモティブシンドローム

第47回 股関節の神秘

第46回 生き方が役に出る

第45回 変形性股関節症に対する骨切り術とテクノロジー

第44回 変形性股関節症「寛骨臼(臼蓋)形成不全に起因する

第43回 3Dプリンターの医療機器への応用

第42回 中間管理職から見た股関節手術を取り巻く教育の現状

第41回 Wolffの法則

第40回 医者と弁護士

第39回 骨の銀行があることを知っていますか?

第38回 悠々閑々外来の妙

第37回 股関節手術でAIは整形外科医を超えられるか?

第36回 ステロイド治療に伴う大腿骨頭壊死の発生予防を目指して

第35回 股関節手術と今後の健康維持

第34回 財団30周年に寄せて

第33回 大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)は早く治療を!

第32回 腰痛は人間の宿命です-腰椎・骨盤・股関節の連携-

第31回 股関節の手術と健康寿命

第30回 弘法は筆を選ばず?

第29回 大腿骨近位部骨折が増加しています-50歳を超えたら骨折予防-

第28回 呼吸を整え体を動かそう

第27回 人工関節の寿命は予測できるの?

第26回 人工関節手術後の早期社会復帰と保険医療制度の疲弊

第25回 赤ちゃんの股関節脱臼に思う

第24回 新しい高齢者像を求めて、メディカルフィットネス 医学体操の活動

第23回 指定難病の特発性大腿骨頭壊死症をご存知ですか?

第22回 人工関節置換術の適齢期は?

第21回 あなたはサルコペニアですか?

第20回 赤ちゃんの股関節脱臼に注意しましょう

第19回 股関節手術の思い

第18回 いつまでも健やかに

第17回 「セメントレス人工股関節」

第16回 「骨切り術も再生医療です!!」

第15回 「骨粗鬆症の激増と過激な減量、ビタミン・ミネラル不足」

第14回 「大腿骨頭はどうして球形なの?」

第13回 「人生いろいろ、手術もいろいろ」

第12回 「股関節疾患の過去、現在、未来」

第11回 「国産医療機器メーカーとして」

第10回 「「股関節」という言葉で思いついたつれづれなること」

第9回 「股関節のインプラント治療」

第8回 「患者会としての30年」

第7回 「私の股関節と剣道」

第6回 「股関節唇損傷自己体験記」

第5回 「人工股関節全置換術より高い満足度を求めて」

第4回 「人工股関節置換術と関節温存手術」

第3回 「乳児股関節脱臼―歴史は繰り返す―」

第2回 「股関節疾患今昔」

第1回 「肝心要は股関節から」


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