第48回 Hip Joint コラム

股関節の痛みとロコモティブシンドローム
岡上 裕介
高知大学医学部整形外科学教室 講師
 ロコモとはロコモティブシンドローム(運動器症候群)の略で、筋肉・骨・関節などの身体を動かすために重要な「運動器」の働きが悪くなって、介護が必要になる危険が高い状態のことをいいます。ロコモになってしまう原因には、加齢や運動不足など様々なものがありますが、そのうちの一つに股関節の痛みが挙げられます。

 股関節の痛みをきたす代表的な疾患は、変形性股関節症です。東京大学を中心とした大規模な疫学調査の結果1)では、単純X線写真で変形性股関節症を認める割合は約15%とされており、そのうち股関節の痛みを訴える割合は5%と報告されています。よって、15歳以上の人口から単純に計算すると、日本国内では70-80万人の方が、変形性股関節症による股関節の痛みで悩んでいるということになります。

 通常、変形性股関節症による痛みの多くは関節から起こる侵害受容性の痛みとされています。痛みは神経の異常興奮を起こし、血管の収縮や筋肉の緊張を強めます。それに伴い、血行が悪化し、さらに痛みを起こす物質が発生します。したがって、痛みがあるからといって動かないでいると痛みの悪循環に陥ってしまします。そうならないためにも、股関節のストレッチや股関節周囲の筋肉を鍛える運動は重要で、こういった運動をすることにより、痛みがやわらいだり、変形の進行を遅らせたりすることができます。それでも、変形がかなり進み、強い痛みで日常生活や仕事に支障をきたしているようであれば、人工股関節置換術などを検討することになります。

 人工股関節置換術は、除痛効果が高く長期成績の良いとても有効な手術とされていて、本邦においても年間8万人以上の方が手術を受けています。人工股関節置換術を受けることで、股関節の痛みが軽減して日常生活動作、生活の質の向上につながります。我々の施設においても、人工股関節置換術を施行した患者さんに対してロコモ度テストを用いて調査を行ったところ、手術前にロコモ度2の患者さんの割合が、術後1年で約80%減少しました。
股関節の痛みをなくして運動器の働きを保ち、ロコモを予防していくことが健康寿命の増進につながり、平均寿命と健康寿命の差をなくすことが、個人の生活の質を改善させ、介護などの負担軽減につながっていくと思います。




引用文献 1) Iidaka T et al. Prevalence of radiographic hip osteoarthritis and
its association with hip pain in Japanese men and women: the ROAD study.
Osteoarthritis and Cartilage, 24 (2016), pp. 117-123

Hip Joint コラム履歴

第108回 「人生100年時代を生きる! 運動器とロコモ予防の大切さ」

第107回 「ロボットとAIが変える股関節治療の未来」

第106回 「日本とフランスにおける股関節外科の交流」

第105回 「はて、体操とは?」

第104回 「使って残そう運動神経」

第103回 健康日本21(第3次)における運動器対策:
「ロコモテイブシンドロームの減少」と「骨粗鬆症検診率の向上」

第102回 「股関節周囲筋の加齢変化と、根拠に基づいた運動療法」

第101回 「原因の分からない股関節痛、急速破壊型股関節症の始まりかもしれません」

第100回 「新・繁文縟礼(はんぶんじょくれい)時代」

第99回 「当財団の股関節海外研修助成について」

第98回 「いつの日か花開く研究」

第97回 「人工股関節置換術に想う」

第96回 「変形性股関節症の保存療法」

第95回 「大腿骨近位部骨折のリスクを下げるために出来ること」

第94回 「手外科医として,整形外科研究者として股関節外科から学ぶ」

第93回 「人工股関節置換術の進歩と課題:第96回日本整形外科学会学術総会から」

第92回 「股関節を丈夫にして健康寿命を延ばしましょう!」

第91回 「骨粗鬆症患者の骨折の危険性について」

第90回 「手外科医からみた股関節外科」

第89回 「エコー診断・治療のすすめ」

第88回 「人工関節材料の開発における日本の貢献」

第87回 「赤ちゃんの股関節大丈夫ですか?」

第86回 「人工股関節 『脱臼には注意しましょう。』」

第85回 「ロボットリハビリテーション 股関節疾患への応用」

第84回 「お笑い番組での人工股関節の話題」

第83回 「人工股関節の寿命を長期化する取り組み」

第82回 「人工関節インプラントの国産化の必要性」

第81回 「手術はレントゲン写真ではなくその人を!」

第80回 「骨粗鬆症治療中に注意が必要な骨折−大腿骨非定型骨折−」

第79回 「非対面型コミュニケーションの課題」

第78回 「我が国に寛骨臼形成不全が多いのは、何故?」

第77回 「超高齢社会における股関節疾患の未来」

第76回 「コロナ禍の整形外科」

第75回 「2022年新年の思い」

第74回 「人はなぜやせられないのか?」

第73回 「脆弱性骨盤骨骨折に思う」

第72回 「骨粗鬆症による大腿骨近位部骨折の予防と治療」

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第70回 「日本人工関節登録制度をご存知ですか?」

第69回 子どもや孫が「家族歴」が理由で
股関節健診にひっかかった!!時に読む記事

第68回 「姿勢と呼吸」

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第66回 人工股関節全置換術術後でも足の爪が
自分で切られない患者様に対する自助具を開発しました!

第65回 人工股関節は生身の股関節より性能が良い!

第64回 2021年新年の展望

第63回 股関節と尿失禁(尿漏れ)の意外な関係

第62回 大切な「何か」

第61回 大腿骨近位部骨折と骨折リエゾンサービス

第60回 私の股関節と剣道 第2報 2週間の入院経験

第59回 コロナパンデミックとスペイン風邪

第58回 「ヒップの摩耗の問題:本当にあった話です」

第57回 赤ちゃんの股関節を守るため、生まれてすぐからの予防を!

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第55回 高齢者の骨粗鬆症と大腿骨頸部骨折

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第53回 国内におけるカダバートレーニングの現状

第52回 2020年(令和2年)新春明けましておめでとうございます。

第51回 「ヒップペイン」

第50回 人工股関節の術後合併症

第49回 『きょうよう』・『きょういく』と股関節

第48回 股関節の痛みとロコモティブシンドローム

第47回 股関節の神秘

第46回 生き方が役に出る

第45回 変形性股関節症に対する骨切り術とテクノロジー

第44回 変形性股関節症「寛骨臼(臼蓋)形成不全に起因する

第43回 3Dプリンターの医療機器への応用

第42回 中間管理職から見た股関節手術を取り巻く教育の現状

第41回 Wolffの法則

第40回 医者と弁護士

第39回 骨の銀行があることを知っていますか?

第38回 悠々閑々外来の妙

第37回 股関節手術でAIは整形外科医を超えられるか?

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第35回 股関節手術と今後の健康維持

第34回 財団30周年に寄せて

第33回 大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)は早く治療を!

第32回 腰痛は人間の宿命です-腰椎・骨盤・股関節の連携-

第31回 股関節の手術と健康寿命

第30回 弘法は筆を選ばず?

第29回 大腿骨近位部骨折が増加しています-50歳を超えたら骨折予防-

第28回 呼吸を整え体を動かそう

第27回 人工関節の寿命は予測できるの?

第26回 人工関節手術後の早期社会復帰と保険医療制度の疲弊

第25回 赤ちゃんの股関節脱臼に思う

第24回 新しい高齢者像を求めて、メディカルフィットネス 医学体操の活動

第23回 指定難病の特発性大腿骨頭壊死症をご存知ですか?

第22回 人工関節置換術の適齢期は?

第21回 あなたはサルコペニアですか?

第20回 赤ちゃんの股関節脱臼に注意しましょう

第19回 股関節手術の思い

第18回 いつまでも健やかに

第17回 「セメントレス人工股関節」

第16回 「骨切り術も再生医療です!!」

第15回 「骨粗鬆症の激増と過激な減量、ビタミン・ミネラル不足」

第14回 「大腿骨頭はどうして球形なの?」

第13回 「人生いろいろ、手術もいろいろ」

第12回 「股関節疾患の過去、現在、未来」

第11回 「国産医療機器メーカーとして」

第10回 「「股関節」という言葉で思いついたつれづれなること」

第9回 「股関節のインプラント治療」

第8回 「患者会としての30年」

第7回 「私の股関節と剣道」

第6回 「股関節唇損傷自己体験記」

第5回 「人工股関節全置換術より高い満足度を求めて」

第4回 「人工股関節置換術と関節温存手術」

第3回 「乳児股関節脱臼―歴史は繰り返す―」

第2回 「股関節疾患今昔」

第1回 「肝心要は股関節から」


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