第31回 Hip Joint コラム

股関節の手術と健康寿命
高平 尚伸
北里大学整形外科学 医療衛生学部 教授
2018年の3月、今年も米国整形外科学会に出席するために米国に向かった。アメリカンエアラインで成田空港からニューオーリンズのルイ・アームストロング空港まで移動した。いつも通りに機内誌に目を通した。今回その機内誌の中で驚いたことがあった。それは、立ちながらPCを操作する机だけでなく、工夫された形状の椅子の広告が多いことであった。記事もあったので読んでみた。そのなかで目を引いたキーワードは、「sitting
disease」である。日本ではまだまだ知られていないかもしれないが、さすがは米国である。人々の関心ごとは健康である。病気になる前に気をつけましょうということである。中国では2000年以上前の「黄帝内経素問」の中に「聖人は未病を治す」と記されており、「未病」という用語が使われていた。最近では、日本でもようやく「未病」が一般的に知られるようになっている。実は、座り続けることは、健康に良くないだけでなく、平均寿命を短くすることがわかり、最近のテレビでも取りあげられている。つまり、座ること自体がロコモに直結する一つの要因である。長距離移動の飛行機内や震災地での車中泊などでも問題になっているエコノミークラス症候群、すなわち静脈血栓塞栓症でも、座り続けることが問題なのである。

 さて、人工股関節全置換術(THA)後の短期的な重大な合併症の一つに静脈血栓塞栓症がある。静脈血栓塞栓症のリスクファクターは様々だが、その一つは術後に身体を動かさないことである。つまり安静にしすぎる。最近のTHAの後療法は、すぐにベッドから離床して歩行を許可する。長期的にみても、THA後に動かなさすぎることは、寿命に悪影響を及ぼす。最近のエビデンスによると、健康な人の場合でも、座っている時間が長いと寿命が短くなることがわかった。 また、変形性股関節症の人の中で、THAを受けた人と受けなかった人では、THAを受けた人の方が長期的に心血管系の疾患の発症率が低く、寿命が長いことがわかってきた。そうなると、折角THAをしても動かなければ、長期間ではTHAを受けていないのと同じであり、健康寿命は短くなる。ましてや、最近の学会では、THAは痛みを取るだけの手術ではなくなり、QOLの向上が目的になっていることは、関節外科医の間では共通の見解である。健康のために適度なスポーツをすること、つまり身体を動かすことは、健康寿命の延伸に良い影響を与えることになる。THAを行う外科医の考え方や手術方法、さらにはその出来栄えなどにもよるが、THAが長持ちするのであればスポーツは禁止されないはずである。さあ、皆さん、折角手術を受けたのであれば、怖がらずに主治医の先生に尋ねてみて、もし許可を頂けたなのであれば、外に出て好きなスポーツをしてみませんか?
立ちながらPCを操作できる机※アメリカンエアライン、機内誌より抜粋
工夫された形状の椅子※アメリカンエアライン、機内誌より抜粋

Hip Joint コラム履歴

第102回 「股関節周囲筋の加齢変化と、根拠に基づいた運動療法」

第101回 「原因の分からない股関節痛、急速破壊型股関節症の始まりかもしれません」

第100回 「新・繁文縟礼(はんぶんじょくれい)時代」

第99回 「当財団の股関節海外研修助成について」

第98回 「いつの日か花開く研究」

第97回 「人工股関節置換術に想う」

第96回 「変形性股関節症の保存療法」

第95回 「大腿骨近位部骨折のリスクを下げるために出来ること」

第94回 「手外科医として,整形外科研究者として股関節外科から学ぶ」

第93回 「人工股関節置換術の進歩と課題:第96回日本整形外科学会学術総会から」

第92回 「股関節を丈夫にして健康寿命を延ばしましょう!」

第91回 「骨粗鬆症患者の骨折の危険性について」

第90回 「手外科医からみた股関節外科」

第89回 「エコー診断・治療のすすめ」

第88回 「人工関節材料の開発における日本の貢献」

第87回 「赤ちゃんの股関節大丈夫ですか?」

第86回 「人工股関節 『脱臼には注意しましょう。』」

第85回 「ロボットリハビリテーション 股関節疾患への応用」

第84回 「お笑い番組での人工股関節の話題」

第83回 「人工股関節の寿命を長期化する取り組み」

第82回 「人工関節インプラントの国産化の必要性」

第81回 「手術はレントゲン写真ではなくその人を!」

第80回 「骨粗鬆症治療中に注意が必要な骨折−大腿骨非定型骨折−」

第79回 「非対面型コミュニケーションの課題」

第78回 「我が国に寛骨臼形成不全が多いのは、何故?」

第77回 「超高齢社会における股関節疾患の未来」

第76回 「コロナ禍の整形外科」

第75回 「2022年新年の思い」

第74回 「人はなぜやせられないのか?」

第73回 「脆弱性骨盤骨骨折に思う」

第72回 「骨粗鬆症による大腿骨近位部骨折の予防と治療」

第71回 股関節疾患に関する基礎研究

第70回 「日本人工関節登録制度をご存知ですか?」

第69回 子どもや孫が「家族歴」が理由で
股関節健診にひっかかった!!時に読む記事

第68回 「姿勢と呼吸」

第67回 筋肉が衰えればすべてが衰える

第66回 人工股関節全置換術術後でも足の爪が
自分で切られない患者様に対する自助具を開発しました!

第65回 人工股関節は生身の股関節より性能が良い!

第64回 2021年新年の展望

第63回 股関節と尿失禁(尿漏れ)の意外な関係

第62回 大切な「何か」

第61回 大腿骨近位部骨折と骨折リエゾンサービス

第60回 私の股関節と剣道 第2報 2週間の入院経験

第59回 コロナパンデミックとスペイン風邪

第58回 「ヒップの摩耗の問題:本当にあった話です」

第57回 赤ちゃんの股関節を守るため、生まれてすぐからの予防を!

第56回 コロナ、ステイホームで思うこと

第55回 高齢者の骨粗鬆症と大腿骨頸部骨折

第54回 変形性股関節症に対する温泉療法について

第53回 国内におけるカダバートレーニングの現状

第52回 2020年(令和2年)新春明けましておめでとうございます。

第51回 「ヒップペイン」

第50回 人工股関節の術後合併症

第49回 『きょうよう』・『きょういく』と股関節

第48回 股関節の痛みとロコモティブシンドローム

第47回 股関節の神秘

第46回 生き方が役に出る

第45回 変形性股関節症に対する骨切り術とテクノロジー

第44回 変形性股関節症「寛骨臼(臼蓋)形成不全に起因する

第43回 3Dプリンターの医療機器への応用

第42回 中間管理職から見た股関節手術を取り巻く教育の現状

第41回 Wolffの法則

第40回 医者と弁護士

第39回 骨の銀行があることを知っていますか?

第38回 悠々閑々外来の妙

第37回 股関節手術でAIは整形外科医を超えられるか?

第36回 ステロイド治療に伴う大腿骨頭壊死の発生予防を目指して

第35回 股関節手術と今後の健康維持

第34回 財団30周年に寄せて

第33回 大腿骨近位部骨折(足の付け根の骨折)は早く治療を!

第32回 腰痛は人間の宿命です-腰椎・骨盤・股関節の連携-

第31回 股関節の手術と健康寿命

第30回 弘法は筆を選ばず?

第29回 大腿骨近位部骨折が増加しています-50歳を超えたら骨折予防-

第28回 呼吸を整え体を動かそう

第27回 人工関節の寿命は予測できるの?

第26回 人工関節手術後の早期社会復帰と保険医療制度の疲弊

第25回 赤ちゃんの股関節脱臼に思う

第24回 新しい高齢者像を求めて、メディカルフィットネス 医学体操の活動

第23回 指定難病の特発性大腿骨頭壊死症をご存知ですか?

第22回 人工関節置換術の適齢期は?

第21回 あなたはサルコペニアですか?

第20回 赤ちゃんの股関節脱臼に注意しましょう

第19回 股関節手術の思い

第18回 いつまでも健やかに

第17回 「セメントレス人工股関節」

第16回 「骨切り術も再生医療です!!」

第15回 「骨粗鬆症の激増と過激な減量、ビタミン・ミネラル不足」

第14回 「大腿骨頭はどうして球形なの?」

第13回 「人生いろいろ、手術もいろいろ」

第12回 「股関節疾患の過去、現在、未来」

第11回 「国産医療機器メーカーとして」

第10回 「「股関節」という言葉で思いついたつれづれなること」

第9回 「股関節のインプラント治療」

第8回 「患者会としての30年」

第7回 「私の股関節と剣道」

第6回 「股関節唇損傷自己体験記」

第5回 「人工股関節全置換術より高い満足度を求めて」

第4回 「人工股関節置換術と関節温存手術」

第3回 「乳児股関節脱臼―歴史は繰り返す―」

第2回 「股関節疾患今昔」

第1回 「肝心要は股関節から」


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