1970年代、整形外科学の講義で、「変形性股関節症はわが国では先天性股関節脱臼(現在学会では、発育性股関節形成不全)後の二次性変形性股関節症が多く、欧米では基礎疾患のない一次性変形性股関節症が多い」と教わった。当時の整形外科の外来では、先天性股関節脱臼に対しギプス治療が頻繁に行われていた。その後、京都大学の先生方が先天性股関節脱臼の発生原因の解明と予防法を確立され、先天性股関節脱臼の発生が激減した。
それから半世紀経ったが、今でも我が国の変形性股関節症は二次性が多いとされている。乳児期の股関節脱臼の発生頻度が激減したにもかかわらず、臼蓋形成不全(現在学会では、寛骨臼形成不全)が、二次性変形性股関節症を起こす主な要因となっている。これらの臼蓋形成不全はどうして起こるのかを、昨年、臨床的に検討し考察した。(樋口富士男ほか:人工股関節症例における寛骨臼形成不全の検討.―何故?日本に二次性変形性股関節症が多いのか―.整形外科と災害外科71(2)、2022印刷中)
股関節の成長軟骨のうち腸骨と恥骨と坐骨が寛骨臼底でY字状に結合するY軟骨は、寛骨臼の成長に関与し大腿骨頭骨端線は大腿骨頭の成長に関与する。股関節とは少し離れた腸骨翼の上を走る様に成長する骨端核は、脊椎の成長に関与することが知られているが、腸骨そのものの成長にも関与すると考えられる。この腸骨の成長軟骨の活動の発現と終了は、股関節の成長軟骨に比べ数年遅れる。この時間差の時期に股関節に刺激を与えると腸骨の成長が障害される可能性がある。先に述べた検討では、この時期は中学生に当たると考え、二次性変形性股関節症患者の中学時代に行ったスポーツ歴を調査したところ、中学時代に熱心にスポーツをした人が多かった。この時期にスポーツを熱心に行うとスポーツに適した体に成長し運動能力が上がるが、そこで形成された体が生涯を通じて健康であるという保証はないのである。この病態が発育性の臼蓋形成不全と考えている。
もう一つ、高齢者の脊椎病変によって矢状面における脊椎骨盤のバランスが崩れ骨盤が後傾する。骨盤が後傾すると腹側に開いた寛骨臼が頭側を向くようになり外側臼蓋の形成不全になる。この病態が骨盤後傾による臼蓋形成不全であると考えている。
先に述べた股関節の成長には、部位によって時間差がある。これも股関節の神秘なのかも知れない。今後の研究が楽しみである。