股関節の手術に際してのアプローチ(進入法)の改善や新たな手術方法や人工関節が開発され、股関節疾患で悩まれている患者さんに福音をもたらしています。股関節疾患の過去、現在、未来について一緒に考えていきたいと思います。
〇過去から現在
教科書などから振り返りますと、昔は発育性股関節形成不全(旧;臼蓋形成不全、先天性股関節脱臼)や結核性関節炎の患者さんを多く認めていました。この患者さんが治療を受けずに成人になるとやがて二次性股関節症を発症します。股関節脱臼の治療成績は、リーメンビューゲル装具の導入や乳児の股関節検診の開始により以前と比較すると良好な成果があがるようになりました。しかし、股関節脱臼が根絶されたわけではありません。股関節財団や日本股関節学会をはじめとする股関節関連の学会を中心として、新たな予防活動や治療法が開始されていますので、これからの将来に期待したいと思います。また、過去には股関節脱臼だけでなく結核性股関節炎の患者さんも多くみられたようです。坐骨神経痛を訴える患者さんの中に股関節障害(多くが結核性股関節炎)が含まれていることもままあり、その両者の鑑別として有名なパトリックテストが考案されました。本疾患の治療は、関節破壊が高度なため関節固定術(関節を固定し痛みをとる手術法)が施行されていました。除痛効果は優れていましたが、「動く」という関節機能が損なわれるため、固定術後長期経過では反対側の股関節や腰や膝など隣接関節に悪影響を及ぼすことが課題となっていました。その後、抗結核剤が開発されたことにより結核性関節炎のみでなく肺結核も著減しました。しかし、ここ最近では結核患者数が緩やかですが増加傾向にありますので注意が必要です。
私が医師になった昭和50年代後半の宮崎の大学病院では、変形性股関節症、関節リウマチ、大腿骨近位部骨折などの外傷や大腿骨頭壊死症を数多く治療していました。小児疾患においては、発育性股関節形成不全、ペルテス病、大腿骨頭すべり症などがあげられます。また当院で人工関節置換術を実施する際は、感染防止のため病棟の個室そのものを消毒し、患者さんも清拭後滅菌シーツで覆った上で手術室のクリーンルームに入室、手術を行い、手術終了後も同様のことを繰り返していました。手術室内には直接手術に関わる者しか入室できないため、部屋に設置された窓から学生や研修医が手術を見学していたのを思い出します。
手術療法では、関節温存手術である骨切り術(大腿骨、寛骨臼)は、自分の関節で再建できることが最大の利点です。軟骨が残存し股関節症が進行していない前・初期の股関節症の時期に骨切り術を実施しますと、長期にわたり良好な成績が報告されています。しかし、患者さんが痛みを感じた時には関節症が進行していることが多く、自分の関節のみで治療する骨切り術では、長期にわたる関節機能(痛みなく動く)の温存には限界がありました。こうした中人工股関節が開発されたことでこれまで関節温存が困難とされてきた多くの患者に新たな選択肢がもたらされました。脱臼や摩耗により早期再置換を余儀なくされる症例もありますが、手術法やインプラントの改良・開発によりかなり改善してきています。関節症が進行していても年齢を考慮して以前は骨切り術などを選択していた症例に対しても、最近では人工股関節置換術を実施するケースが増え、特に青壮年の社会活動量の多い患者さんにとっては、痛みの軽減さらには関節機能の回復といった多くの福音がもたらされるようになってきました。
〇未来
発症予防には乳幼児期の検診が必須であり、関節温存手術に関しても早期発見・早期治療が重要です。女性、家族に既往歴のある方、長距離歩行後に大腿部の違和感を認める方など特にリスクの高い方に対しては、早期発見・予防につなげるためX線検査による検診システムの構築が必要と考えています。股関節形成不全などに関与する遺伝子も見つかってきていますので、将来その応用により早期診断・治療にまでつながるのではないでしょうか。また、寛骨臼骨切り術の低侵襲化、インプラントの開発や改善に伴い、長期に渡り安定した成績が獲得できる人工関節が登場し、壮年期で股関節症が進行し他の関節温存手術の適応がない患者さんにも用いられるようになると考えられます。
〇股関節の恩師
股関節疾患を診療するにあたり、日本整形外科学会、日本股関節学会や日本股関節財団を中心に多くの股関節専門の先生方からご指導頂きました。特に、宮崎大学講師長鶴義隆先生、ベルン大学教授Ganz先生と慈恵医科大学名誉教授伊丹康人先生にご教示頂きました。また、多くの患者さんから様々なことを学ばせて頂きました。この場を借りまして心より御礼申し上げます。
〇最後に
股関節財団の今後ますますの発展と股関節疾患の患者さん方が痛みなく過ごされますことを祈念し筆を置きます。