大谷 卓也
東京慈恵会医科大学整形外科学講座 教授 附属第三病院 整形外科 診療部長
2023年5月11日〜14日に横浜市のパシフィコ横浜において第96回日本整形外科学会学術総会が開催されました。コロナ禍でやや勢いを失いかけた同学会でしたが、直前の5月8日に新型コロナ感染症が5類へと移行されたことも追い風となり、活気ある学会となりました。座長や演者はマスクを外し演台上のアクリル板も除去され活発な議論が展開されました。筆者が座長を務めたシンポジウムで、人工股関節置換術(THA)が成し遂げてきた進歩につき発表、議論されましたので、ここに概略を紹介させていただきます。
【THAの進歩】
1)インプラントの固定性:固定様式にはセメントとセメントレス固定があります。セメント固定では、セメンティング技術の向上やステムの表面加工への理解が深まることで成績が大きく改善しました。一方、セメントレス固定はチタン合金の採用や表面加工技術の進歩により革新的な進歩を遂げました。これらインプラント固定の向上により、緩みの問題は減少し、長期耐用性が向上しました。
2)摺動面摩耗の低減:摺動面ポリエチレンの摩耗粉による骨溶解とインプラントの緩みはTHAの耐用年数を強く制限してきました。しかし、高度架橋化により強化されたポリエチレンとセラミック骨頭との組合せにより低摩耗と大径骨頭のTHAが確立されてきました。この技術革新は緩みの減少、脱臼の減少、長期耐用性の向上をもたらしました。
3)CASによる手術の計画と実施:コンピューター技術を用いたcomputer assisted surgery(CAS)は病態評価や運動解析、手術計画などに活用され、各種のナビゲーション技術は術前、術中の手術支援を可能としました。近年では、これらの技術を基により正確なインプラント設置を可能とするロボット手術も進歩しています。これらのテクノロジーは、インプラントの緩みの減少、可動域の改善、そして脱臼の減少へとつながっています。
4)手術アプローチの工夫:後方/側方アプローチが主体であったTHAに前方系のアプローチが提唱され進歩を続けてきました。この変化は、手術法選択肢の増加のみならず、股関節周囲軟部組織の理解やその取り扱いの技術を大きく進歩させ、THAの低侵襲化、早期回復、脱臼の減少などに寄与しました。
【今後の課題】現時点で残る重要課題は以下の2つとされています。
1)感染:現代においてもTHA初回手術後の細菌感染が一般的には0.5〜1%の頻度で生じています。術前管理から術中操作まで、感染予防に関するさまざまな改善が行われてきましたが完全撲滅とはいかないのが現状です。今後も感染の予防と治療につき研究を重ねる必要があります。
2)インプラント周囲骨折:人工股関節患者の高齢化が進み骨粗鬆症が存在すること、術後の経過年数とともに人工関節周囲の骨強度は低下すること、そして硬いインプラントと柔らかい骨との境界部は骨折を生じやすい環境であること、などから「人工関節患者における骨粗鬆とインプラント周囲骨折」は今後の重要課題とされています。
以上、ここ半世紀の人工股関節技術の発展はめざましく「20世紀において最も成功した手術」とされています。残る課題についても今後研究が重ねられ、THAの術後成績と長期耐用性はさらに向上していくことが期待されます。