新・股関節がよくわかる本Web
股関節のしくみと機能
歩くことのはじまり
 最近の科学の発達により、この地球が誕生したのが約46億年前、生命が海に誕生したのが約35億年前ということが明らかになってきました。 我々の先祖である哺乳類は約6500万年前の白亜紀に栄えていた恐竜の絶滅の後を受けて発展しましたが、人類の直接の祖先の誕生は、さらにずっと遅れて約700万年前といいますから、この地上ではかなりの新参者です。
 異論もありますが、おそらく東アフリカの大地溝帯が形成され、その東側が乾燥してサバンナ地帯になった時、そこに適応したサルの一群から進化したと考えられています。

 さて、サバンナに進出した我々の祖先は立って二足歩行することを覚え、そのため自由になった上肢を用いて道具を使い、数を増し、約18万年前アフリカを旅立って世界各地に散っていきました。
 この壮大な旅行を可能にしたのが、体を支えるばかりでなく、どのような地形にも応じて長期の歩行移動を可能にした下肢の仕組みにあったと考えられます。
 直立位の獲得こそ、我々現生人類が地球規模の発展を遂げた原動力となりました。
全てがそこから始まったのです。
 しかし本来4本足で支えていた体を2本の足で支えるようになったことが、一方では下肢の関節に過大な負担をかけるようになったことも間違いありません。
運動器系について
 人の体を機能別に考えてみましょう。例えば人は生きるために常に呼吸し、食物を食べ、排泄し、さらに働き、子供を産み育てるということをしています。

 それらの機能を担当している臓器をざっと機能別に分類してみると、 等があります。
神経系
泌尿生殖器系
呼吸循環器系
消化器系
運動器系
運動器

 人体で歩行にかかわっている臓器、つまり、人の体で運動をつかさどっているのは筋肉、骨、関節や一部の神経を含む組織で、これを運動器系と呼びます。歩行では腰椎(背骨の腰の部分)から下の運動器がハーモニックに働いています。
直立位の省エネ性
 ピテカントロプス・エレクトスは、通称ジャワ原人の学名で、和名で直立原人ということになります。現在多くの現世人類(我々ホモ・サピエンス)の祖先が知られていますから、彼らが真に直立位の元祖かどうかは分かりません。

 ただどこかで我々の先祖が獲得したこの直立位の重要さはいくら強調してもしすぎることはありません。

 子供時代に朝礼で長く立たされた時のことを思い出してください。みんなで列を作り、威儀を正したあと“休め„の号令でおもいおもいに立ち位置を決めて、その後の校長先生のお話に耳を傾ける体勢を作ったでしょう。
実は以前立位している時の人間の筋肉の働きに関心を持ち筋電図(筋肉が働いた時に発生する電位を調べる装置)を用いて調査した人がいます。
それによると、人によって多少の差はあるのでしょうけど、殆どの人が筋肉を使わずにバランスで立っていたのです。

 自分のことを思い出すと、じっと話が終わるのを待ちながら、時々体を揺すって凝りをほぐしながら所々の筋肉を少し動かしていたような気がしますが、先程の調査によれば、多くの人に共通していたのは、立っていて時々身体が前へ傾くのをアキレス腱につながるふくらはぎの筋肉を使って揺り戻しているようなのです。
 脳貧血を起してしまう人を除けば、退屈に耐え、何時間でも立っていることができることは、なかなか他の動物では見られない特長なのです。
 さて、この膝を伸ばした直立位がどのくらい優れているかというと、それはどのくらい長く膝を曲げて立っていられるかを考えてみれば良く理解できると思います。
 自分でやってみれば直ぐ判りますが、数分で膝が震えてガクガクして立っていられなくなります。
でもこれはゴリラやチンパンジーの立ち方なのです。彼らが立つために大変な労力を使っているし、長い間立っていられないことが分かるでしょう。

 直立位の獲得とは偉大な省エネの発明だったのです。膝が変形して曲がってしまっている人は長く立っていられません。健康な人でも和式トイレでしゃがみ込んだり、スキーやスケートの中腰姿勢の時、太腿の筋肉がきつくなることを感じることができます。
人が歩くということ
 歩行について説明する前に、まず白墨を腰だめに持って板塀に線を描きながら歩いている子供を想像してみましょう。もしその子の脚が悪かったり、意図して白墨を波うたたせたりしなければ、そこにはほぼ水平といってもいいような、僅かなウェーブがかったラインが残されている筈です。
 それは人が二本の脚で重心の上下動の極く小さい歩行を行っているということなのです。ラグビーボール以外の丸いボールを地面に転がしてみれば、重心の上下動のないスムースな転がりというものを見ることができます。
 人は、そのようにボールが転がるのと同じようなスムーズさで歩いているのです。
人が歩くということ
 次に赤ちゃんのヨチヨチ歩きを見てみましょう。伝い歩きをしていた赤ちゃんがある日独り立ちを始めます。でも初めはすぐに手をついて尻もちをついてしまいます。そのうちバランスをとるのがうまくなると、独り歩きを始めますが、ハイガードといって丁度サーカスの綱渡りのように両手を広げてバランスをとりながら危なっかしく歩きます。

 赤ちゃんのヨチヨチ歩きとは、実は重心が左右上下に大きく揺れる稚拙な歩き方なのです。余談ですが、幼児が大人並に歩行が巧みになるまでに数年を要するといわれています。

  この二つの例から分かるように、人は赤ちゃんから幼児に至る間に、スムースな省エネ二足歩行を獲得します。正常な歩行には下肢の3つの関節である股関節、膝関節、足関節がハーモニーを保って屈伸し、それに伴って骨盤が回旋したり僅かに上下動を繰り返すといった微妙な共同運動が行われているのです。
跛行とは何でしょう
 跛行というのは何らかの原因で、今まで述べてきた正常の歩行がなされないことですから、一言で言えば下肢の動きのハーモニーが損なわれてぎくしゃくした動きになっているということなのです。

 遠くから見ても歩いている人が跛行していることは、誰でも直ぐに気が付きますし、ちょっと足が痛かったりして跛行したりすると、周りの人に直ぐ気が付かれます。
 周りの人が何に気が付いているのかといえば、人体の重心の過度な動揺や、下肢の本来のハーモニックな動きにそぐわない急激な動きの変化を不自然と感じているのです。

 自分で試してみても分かりますが、跛行をシミュレーションしてみるととても大変です。
重心を上下左右に余計に動揺させてみたり、動きのスピードを急に変化させるのはとても疲れますし、筋肉痛が起きたりもします。

 そんな跛行をしていれば、エネルギーのロスをすることは容易に推測可能です。従って長い距離を歩けませんし、そのような拙劣な歩き方をしていたら現在のような人類の発展もなかったでしょう。
関節のしくみと機能
 人の体にはおよそ206個の骨がありますが、その骨と骨との繋ぎ目が関節です。図を見てください。関節は自由に動くために、お互いの骨の表面が軟骨に覆われ、粘調な関節液で潤滑されています。またその周囲は関節包という線維性の組織で囲われ、さらに 靭帯や筋肉でしっかり支えられています。
 この関節がどのくらい優れものかといいますと、それはよく他の動力エンジンと比べられます。よく言われるのですが、人の関節はどんなに動かしても過熱しません。正常体温からちょっと上がるだけです。一方、自動車のエンジンには皆冷却器が付いています。

 つまり、人を含めた生物の関節以外の器械は過熱するため相当なエネルギーが無駄になってしまいますし、それを冷却するために余計な装置まで必要なのです。人の関節の摩擦はアイススケートで氷の上を滑っているぐらいという例えがされるほどなのです。勿論病気をしなければという条件が付きますが、考えてみれば生まれてヨチヨチ歩きしてから老年期まで、よくぞもってくれたといいたいぐらい関節は毎日動いてくれます。
股関節の大切さ
下肢の3大関節
下肢には骨盤と大腿骨の繋ぎ目の股関節、大腿骨と下腿骨の繋ぎ目の膝関節、下腿骨と足部のつなぎ目の足関節の3つの関節があり、3大関節と呼ばれています。
 その中でも股関節は重要な関節です。自分で足(下肢)を動かしてみると、普通の人なら、下肢を曲げたり、伸ばしたり、広げたり、すぼめたり、捻ったりすることができます。 股関節のつくり  でもよく見てみると、膝と足首は曲げたり伸ばしたりするだけです。実は人が下肢を思いのままに動かせるのは股関節が球関節であったためなのです。

 股関節は下肢と骨盤のかなめにあり、しかも自由度の大きい(あらゆる方向に動く)関節なのです。
股関節・膝関節のつくり これだけでも結構大変だと思いますが、下肢の関節には、さらに体重を支えるという大きな負担がかかります。今の日本人は1日平均6,000歩ぐらい歩くと言われています。ということは、1日3,000回片足立ちになるということです。

 例えば体重60kgの人を例にしてみると、下肢の重さはそれぞれ体重の6分の1ですから、片足立ちをすると股関節の上には、丁度立った下肢の重さを引いて50kgの重さが乗っかることになると思われるでしょう。しかし、それが実はそうではないのです。

 ちょっと歩いただけで、自分の身体の中で100kg、200kgの力が働いているわけです。例えば、年配の女性でも握力は20kgぐらいあるでしょう。この場合肘から下の、それも手指を曲げる小さな筋肉だけでその程度の力を出すことができるのです。
 骨盤から股関節を取り巻く筋肉のボリュームを考えてください。股関節が同じ下肢の膝関節や足関節と違うのは、垂直に体重を支える他の関節と違って、掛かってくる負担をやじろべえの原理で支えなければならないということなのです。
 自由度が大きいということは、そこが一度壊れると当然不都合が大きいということを意味します。
 さらに普段やじろべえの原理で体重を支え、しかも大腿骨が股関節の直下で曲がっているということは、骨が弱くなるとそこが弱点になるということです。現にそこの部位での骨折(大腿骨近位部骨折といいます)でお年寄りが寝たきりになってしまうことは既に社会問題になっています。

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