股関節に関する有識者の方々が、様々な切り口で股関節をコラム形式で解説します。
2018年の3月、今年も米国整形外科学会に出席するために米国に向かった。アメリカンエアラインで成田空港からニューオーリンズのルイ・アームストロング空港まで移動した。いつも通りに機内誌に目を通した。今回その機内誌の中で驚いたことがあった。それは、立ちながらPCを操作する机だけでなく、工夫された形状の椅子の広告が多いことであった。記事もあったので読んでみた。そのなかで目を引いたキーワードは、「sitting
disease」である。日本ではまだまだ知られていないかもしれないが、さすがは米国である。人々の関心ごとは健康である。病気になる前に気をつけましょうということである。中国では2000年以上前の「黄帝内経素問」の中に「聖人は未病を治す」と記されており、「未病」という用語が使われていた。最近では、日本でもようやく「未病」が一般的に知られるようになっている。実は、座り続けることは、健康に良くないだけでなく、平均寿命を短くすることがわかり、最近のテレビでも取りあげられている。つまり、座ること自体がロコモに直結する一つの要因である。長距離移動の飛行機内や震災地での車中泊などでも問題になっているエコノミークラス症候群、すなわち静脈血栓塞栓症でも、座り続けることが問題なのである。
さて、人工股関節全置換術(THA)後の短期的な重大な合併症の一つに静脈血栓塞栓症がある。静脈血栓塞栓症のリスクファクターは様々だが、その一つは術後に身体を動かさないことである。つまり安静にしすぎる。最近のTHAの後療法は、すぐにベッドから離床して歩行を許可する。長期的にみても、THA後に動かなさすぎることは、寿命に悪影響を及ぼす。最近のエビデンスによると、健康な人の場合でも、座っている時間が長いと寿命が短くなることがわかった。 また、変形性股関節症の人の中で、THAを受けた人と受けなかった人では、THAを受けた人の方が長期的に心血管系の疾患の発症率が低く、寿命が長いことがわかってきた。そうなると、折角THAをしても動かなければ、長期間ではTHAを受けていないのと同じであり、健康寿命は短くなる。ましてや、最近の学会では、THAは痛みを取るだけの手術ではなくなり、QOLの向上が目的になっていることは、関節外科医の間では共通の見解である。健康のために適度なスポーツをすること、つまり身体を動かすことは、健康寿命の延伸に良い影響を与えることになる。THAを行う外科医の考え方や手術方法、さらにはその出来栄えなどにもよるが、THAが長持ちするのであればスポーツは禁止されないはずである。さあ、皆さん、折角手術を受けたのであれば、怖がらずに主治医の先生に尋ねてみて、もし許可を頂けたなのであれば、外に出て好きなスポーツをしてみませんか?