股関節に関する有識者の方々が、様々な切り口で股関節をコラム形式で解説します。
先天性股関節脱臼の多くは後天的な要因で生じるため、発育性股関節形成不全と称されるようになった。しかし先天性の要因もあり、ここでは乳児股関節脱臼と称する。私が東京医大整形外科学教室に入局した昭和51年頃は、乳児股関節脱臼の治療は整形外科医が扱う基本的な疾患であり、「脱臼屋」と呼ばれた専門家の先生方が学会では活発な議論、時には激論も戦わせていた。しかし、少子化と先人の予防啓発や社会情勢の変化などにより、発生頻度は入局当時より1/10に減少し、1000人に1~3人となり整形外科医が扱う機会も減少し、疾患に対する関心が薄れ、健診体制や予防活動も脆弱化していった。近年、全国から歩行開始後に診断され治療に難渋する例の報告が相次ぎ、日本小児整形外科学会では平成23年から2年間、全国実態調査を実施した(図1)。現在この疾患を扱う施設はこども病院などに限られてきており、以前よりも実態を調査しやすくなったという背景もある。その結果2年間で199例の遅診断例があり、うち174例87%は健診を受けていたにもかかわらず診断が遅れた実態が明らかになり、まさに「歴史は繰り返す」という衝撃的な調査結果であった。日本小児股関節研究会では「乳児股関節健診あり方検討委員会」を立ち上げ、厚生労働省母子保健課を巻き込んで健診体制の再構築と予防啓発に取り組んでいる。新聞やNHKでもこの話題を取り上げ、一般の方たちの関心も高まっている。しかし、この活動は妊産婦、産科医、小児科医、整形外科医、助産師、保健師、医師会、国、地方自治体など各方面への周知・啓発が不可欠であり、今後もあらゆるネットワークを使って活動を広げていく必要がある(図2)。予防活動の推進により、脱臼だけでなく臼蓋形成不全も減少することが先人のデータで明らかになっており、将来の変形性股関節症の発生予防も期待されるが、小児期から変形性股関節症を生じるまでの連続した経過の検討は今後の課題となっている。 近年、機器の進歩により超音波検査が整形外科領域にも普及しているが、超音波検査を一次健診に導入することで、見逃し例や、二次検診紹介例も減少させることができ、長野県下諏訪町では平成4年から一次健診で超音波検査を実施し、新潟市、島根県江津市などでも行われている。今後、予防啓発の推進と健診体制の再構築、そして健診への超音波検査の導入に微力を尽くしたい。