股関節に関する有識者の方々が、様々な切り口で股関節をコラム形式で解説します。
日本人の変形性股関節症のほとんどは、寛骨臼(臼蓋)形成不全に起因して生じます。寛骨臼形成不全は、先天性股関節脱臼の治療の後遺症あるいはその既往がなくとも生じますが、欧米人に比べて日本人に多いのです。寛骨臼形成不全があると骨盤の寛骨臼の荷重面積が小さいために、最初に寛骨臼の縁にある関節唇が損傷して痛みを自覚し、しだいに関節唇につながる寛骨臼の関節軟骨も変性して変形性股関節症が生じます。
寛骨臼形成不全による変形性股関節症の進行防止のために、古くから寛骨臼の縁に骨を移植する臼蓋形成術(棚形成)が行なわれてきました。しかし、この方法は関節包の上に骨の屋根を作るわけでその下には関節軟骨はありません。
1968年に東京大学の田川宏先生は、寛骨臼を丸ごとくり抜いて寛骨臼の関節軟骨を一緒に大腿骨頭を被覆する寛骨臼回転骨切り術(Rotational Acetabular Osteotomy; RAO)を考案されました。RAOはその後、寛骨臼形成不全に対する日本の標準的手術として普及しました。
私も1987年よりRAOを開始して、これまで500関節に行ってきました。松山赤十字病院時代に経験した患者さんの術後経過を示します。手術時56歳の女性で、レントゲンでは初期から進行期へ移ろうかという病期でした。RAOを行って数年で徐々に著明な関節修復を認めます。現在、80歳になられていますが、痛みもなく、レントゲン上でも全く変形性股関節症の進行はありません。
最近、iPS細胞などで注目されている再生医療は、再生能力のある患者さん本人の細胞を使用して損傷した種々の組織を再生しようとするものですが、RAOのような骨切り術においても股関節の荷重環境を改善すれば、臼蓋の関節軟骨の細胞および軟骨に接した骨の細胞が活性化して再生できるのです。したがって骨切り術も広い意味では、再生医療と言えるのではないでしょうか。若年ほど再生能力が高いと推察されますが、56歳でもこのような股関節の再生が生じる可能性があることをわれわれ股関節外科医も知るべきです。
人工股関節の材質などの進歩により、耐用年数の増加が認められるものの50歳で人工股関節置換術行なった場合、一生使用できるという根拠はまだありません。生まれ持った股関節に勝るものはないのです。