股関節に関する有識者の方々が、様々な切り口で股関節をコラム形式で解説します。
1981年~1982年、西ドイツのボンに留学した当時、キリスト教の影響が強いドイツの日曜日は安息日で、商店も閉まり町は静かだったが、博物館だけが解放され無料でゆっくり見学出来た。ボンの博物館には、マンモスなど様々な古生四足動物の骨格標本が多数展示されていた。私はちょうど股関節に関する学位論文を書き上げたところだったので、股関節に興味があった。よく見ると古生物の大腿骨頭は楕円形でしかも大転子高位であった。大転子高位は、人間の場合小児期のペルテス病か股関節脱臼の治療後の名残の変形である。一部の物に見られるなら理解できたが、そこに展示されていたほとんどの古生物がこの形態をしていたのが不思議だった。
日本に帰り、股関節症患者を毎日のように診察した。当時は骨切り術や臼蓋形成術が主な治療法だったので、術前も術後も股関節の動き屈曲、伸展、外転、内転、外旋、内旋の可動域を測定した。沢山の関節症の患者の計測をすると、股関節症の初期では内旋が最初に制限されるが、屈曲は最後まで保たれることに気が付いた。内旋が制限されると、日常生活では靴下の着脱や足趾の爪切が困難になるが、屈曲が残っているので歩行は可能である。変形性股関節症はその名の通り変形が起こるのですべての動き制限されると思っていたが、最初は内旋という一つの動きが制限され、最後まで屈曲が温存されるという事実も不思議だった
20年以上経過し、久留米医学会で耳鼻科の伊藤教授の教授就任の講演があった。めまいの話だったが、講演の中で四足動物では前足は自由に動くが、後ろ足は前後にしか動かないと話された。後輪駆動の乗用車と同じなのだと思った。前輪はハンドルの動きに従って動くが後輪は前を向いたままである。四足動物では、前足は体の方向をコントロールするが、後足は力を存分に出す役目を担っているのである。このことが深く残った。
更に10数年が経過し、運動器の進化の講義の準備をしている時、驚いたことに三つの事実が結びついた。人間の大腿骨頭が球形だと、立ったまま方向転換ができるし、全速力で走ることもできる。二本足で四本足の機能を持つ驚くべき進化であった。人間の股関節は多くの機能を持ったため負担は大きくなり、加齢とともに関節症になるのも無理はない。変形性股関節症の股関節を手術で摘出し観察すると多くは楕円形である。この変形は負担を少なくするように先祖返りをしているかのようである。
ダーウィンをはじめ多くの生物学者は進化論を語る。臨床を見ていると、ヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」の続きに、先祖返りをするという退化論も今後の議論になりそうである。